食品添加物として米粉パンなどでよく使われているHMPC、正式にはヒドロキシプロピルメチルセルロースといいます。
植物に含まれるセルロースを原料として、化学反応で人工的に作られた物質で、自然界には存在しません。
さまざまな用途に使われますが、HPMCをうまく使うことで食感や保存性が改善されるのであれば、上手に利用すべきと思います。
HPMCは危険な添加物ではありません
植物に含まれるセルロースから化学合成されたHPMCは安全なのか、何か害はないのか、気になるところです。
HPMCを製造しているメーカーのホームページには「安全」と書かれていますが、それでも心配という方も多いと思います。
結論から言いますと、HPMCは通常の範囲で使用している限り、ひじょうに安全な食品添加物です。理由を説明していきましょう。
口から入ってもほとんど体内に吸収されない
HPMCは、食物繊維としてふだん食べているセルロースから作られており、構造がよく似ています。
食物繊維は人間の消化酵素では分解されないため、ほとんど吸収されることはありませんが、HPMCも同様にほとんど吸収されません。
ただ「ほとんど」といっているのは、一部の腸内細菌がHPMCを分解し、ガスと脂肪酸を作ります。
お腹が張ったりおならが出るのは、このガスが原因です。そしてガスとともに作られる脂肪酸は、ごく少量ですが大腸から吸収されます。そのため、全く吸収されないわけではないため、「ほとんど」といっています。HMPCのカロリーは0 kcal/gとして計算されます。
発がん性、遺伝毒性、生殖毒性、発生毒性はない
発がん性は、正常な細胞をがん細胞に変化させる性質です。
遺伝毒性とは、遺伝子であるDNAや染色体、あるいはそれに関連するたんぱく質に作用し、DNAや染色体の構造や量を変化させる性質です。
生殖毒性は、親の性行動、性成熟、受精、妊娠、出産、哺育等に対する毒性、発生毒性は、受精前、出生前、出生後から死に至る一連の児の発生過程における、早期死亡、形態異常、発育遅延、行動機能異常などを引き起こす毒性のことです。
HPMCにはもこのいずれの毒性もないことが実験によって確認されています。
ちょっと話がそれますが、私たちが普段食べているものの中にも、発がん性がある食品はかなりあります。
例えばお酒。
世界保健機関(WHO)の一機関である国際がん研究機関(IARC)は、発がん性のリスクによって食品を5つのグループに分けていますが、アルコールはヒトに対する発がん性が最も高い(=明らかに証明されている)グループ1に分類されています。
「化学的に合成された」ものが危険で、天然由来のものが安全ということは全くありません。天然由来のもので発がん性があるものは、たくさんあります。
健康被害の報告が、長期間使用されているがない
HPMCは2007年2月に日本で食品添加物として、一般の食品に使われ始めるより前から、米国で食品添加物として使用されてきました。
この間、健康影響の報告はありません。
また食品添加物として使用する際に設定される場合があるADI(一日摂取許容量)も、HPMCについては設定されていません。これは摂取しても安全であることの証です。
さらにHPMCは食品添加物として使用されるようになる前から、医薬品の添加物として使用されてきました。フィルムコーティング剤として錠剤の割れ、欠け、摩損を抑えるために使われているほか、人工涙液の原料としても用いられています。
HPMCにも副作用はある
ただ、HPMCにも副作用はあります。
それは大量に摂取した場合、軟便や下痢が起こることです。
これはHPMCが消化・吸収されないことが原因で、例えばミンティア(清涼菓子)に含まれるソルビトールや、ガムに含まれるキシリトールで、お腹が緩くなったり、下痢をしたりすることと同じです。
HPMCはソルビトールやキシリトールに比べると、摂取する量が少ないと考えられるので、この副作用について心配する必要はありません。
HPMCの作り方、セルロースの水酸基が置き換えられている
セルロースはほとんどすべての植物に含まれていますので、何からでも取り出すことができますが、工業用に大量生産されているものは、ほとんどが木材パルプを酸で加水分解・精製して作られたものです。
セルロースは食品添加物として広く使われています。
日本で「セルロース」と表示されるものの中には、粉末セルロース、リンターセルロース、微結晶セルロース(=結晶セルロース)、微小繊維状セルロースの4種類があります。
いずれも長年使用されてきた天然添加物としての位置づけである「既存添加物」に区分されています。つまり、長年食品として摂取してきた経緯があるので、安全だと考えられているということです。
このセルロースをクロロメタンまたはプロピレンオキサイドの混合物と反応させることにより、セルロースの水酸基(-OH)の約3割をメトキシ基(-OCH3)で置き換えたのがメチルセルロースです。
メチルセルロースは1960年に食品添加物として認可され、現在は指定添加物に指定されています。指定添加物は、安全性と有効性を確認したうえで、厚生労働大臣が指定する食品添加物です。
メチルセルロースの水酸基をさらにヒドロキシプロピル基(-OCH2CHOHCH3)に置き換えたものが、HPMCです。
製造する際は、セルロースを水酸化ナトリウムで処理した後、塩化メチルや酸化プロピレン、あるいは酸化エチレンなどのエーテル化剤と反応させて作られます。
メトキシ基とヒドロキシプロピル基の割合によって、HPMCの特性と用途が異なります。
メトキシ基の割合 | 27~30 % | 27~30% | 19~24% |
ヒドロキシプロピル基の割合 | 4~7.5% | 7~12 % | 4~12% |
HPMCの性状 | 乳化性に優れます。加熱時の乳化安定に向いている。 | 界面活性・泡保持能力・フィルム成形性に優れている。 | 溶解温度が高く、結着力に優れます。 |
出典:信越化学工業ホームページ
HPMCをなぜ入れるのか?さまざまな用途
指定添加物であるHPMCは増粘剤、安定剤、ゲル化剤、糊料などとして使われますが、HPMCは一般的な増粘剤とは違った特性を持っています。
一般的な増粘剤は、加熱すると粘度が下がります。みなさんが料理のとろみ付けによく使う片栗粉を例にとって説明しましょう。ちなみに片栗粉は増粘剤ではなく、じゃがいもから採ったでんぷん食品です。
片栗粉でとろみをつけるとき、まず水に溶かします。このときとろみはついていません。加熱した料理に水で溶いた片栗粉を加えます。そして料理が食べられる温度にまで冷めると、程よいとろみがついています。
つまり温度が下がると、とろみがつく性質があります。とろみがつくのは、粘度(粘り気)が増えるからで、流動性がなくなった状態をゲルといいます。一般的な増粘剤は、温度が下がると粘度が上がり、ゲル化するという性質があります。
HPMCは水に溶かすと、多少粘り気のある流動性がある透明な液となります。これを加熱すると流動性が失われ固まります。すなわちゲル化します。この固まった液をまた冷やすと、もとの流動性のある状態に戻ります。さきほど説明した片栗粉と、まったく逆の特性があります。
グルテンフリー米粉パン、パウンドケーキ
生地に粘弾性を与え、焼しぼみを抑制し、焼きあがったときのボリュームを保ちます。そして食べたときに良好な食感が得られます。グルテンの機能を代替することができます。
添加量は0.5~1.0%。
ドーナツ、冷凍コロッケ
油で揚げたときに形が崩れたり、パンク(破裂)するのを防ぎます。また油を吸うのを防ぎます。
添加量は0.2~1%。
フィリング製品
加熱しても形が崩れず、油分と水分を安定して保持します。電子レンジでの加熱によって、食品の性状が変化しません。また食品からのドリップ(離水)を防ぎます。
添加量は0.3~0.6%。
フライドポテト
表面に付ける粉に混ぜることで、吸油量を少なくします。
スポンジ製品
気泡を保持することで、ボリュームアップするとともに、しっとり感が得られます。
添加量は粉に対して0.5%。
肉まんの皮
熱によって皮が破れにくくなる。
調味液・ソース
温度変化による粘度の変化を少なくします。
添加量は0.3~0.5%。
サプリメント
錠剤の強度を向上させて摩損による粉化を防ぎます。またコーティングが容易で、不快な味のマスキングや着色も可能です。
HPMCが食品添加物として使用される日本での経緯
HPMCに似た性質を持つメチルセルロースは、1960年に食品添加物として指定され、増粘、ゲル化、気泡安定化、加熱調理時の型崩れ防止等に使用されてきました。
HPMCは医薬品原料として使われてきましたが、2003年6月に食品添加物として指定されましたが、「保健機能食品たるカプセル剤及び錠剤以外の食品に使用してはならない」との使用基準が定められました。
そしてフィルムコーティング剤として丈夫で柔軟性のある透明フィルムを作り、錠剤の割れ、欠け、摩損を抑えるという用途に限って使われるようになりました。その後2007年2月に使用基準を改正され、用途制限がなくなり、一般の食品にも広く利用できるようになりました。
なお、EUでは食品への添加が認められていないというネット記事がありますが、これは間違いです。HPMCはEUの食品添加物リストに載っています。ただ用途に制限があり、卓上甘味料(液状、粉末状、錠剤)への使用が認められています1)。
まとめ
- HPMC(ヒドロキシプロピルメチルセルロース)は、増粘剤、安定剤、ゲル化剤、糊料などとして加工食品に使われています。一般的な増粘剤とは異なり、温度が上がると粘度が上がり、温度が下がると粘度も下がるという特性があります。また他の物質と相互作用を起こさず、安定性に優れています。
- HPMCは口から入ってもほとんど吸収されず、発がん性、遺伝毒性、生殖毒性、発生毒性がないことがわかっています。また長期間使用されていますが健康上の問題は報告されていません。摂りすぎるとお腹が緩くなりますが、ひじょうに安全な食品添加物といえます。
- HPMCはグルテンフリー米粉パン、ドーナツ、冷凍コロッケ、フライドポテトなど、さまざまな食品に使分けています。HPMCを使うことで食感や保存性が改善されるのであれば、上手に利用すべきと考えます。
参考文献
1) Food Additives Database
https://webgate.ec.europa.eu/foods_system/main/?event=substance.view&identifier=189