小麦粉でぜん息になるってホント? あまり知られていない危険性

わたしたちの身近にあり、毎日食べている小麦粉ですが、喘息、アレルギー、爆発の原因になるって知ってましたか?

小麦粉を毎日吸い込む機会のあるパン職人には「ベイカーぜん息」と呼ばれる職業病があることが1700年から知られています。

また小麦粉に含まれるたんぱく質が原因で起きる「小麦アレルギー」「セリアック病」や、小麦粉が舞う環境で起きる可能性がある粉塵爆発など、小麦粉にはさまざまな危険性があるのです。

小麦粉を日常的に吸い込むことで起きるぜん息

ベイカーぜん息は、製パン・製菓・製めんのために小麦粉を毎日扱っている人に起こるぜん息です。ベイカー(パン職人)と名前がついていますが、製パン業に限りません。

小麦粉の粉が原因で、パン職人の呼吸が苦しくなることが最初に報告されたのは1700年で、それ以降、ベイカーぜん息については多くの研究報告があります。

ベイカーぜん息が起こるメカニズムは次の通りです。

製パン業などでは大量の小麦粉を日常的に扱っており、作業環境中に小麦粉の細かい粉(粉塵)が舞っていることがあります。小麦粉の粉って、どれくらい小さいかご存じですか。

粉によって違いはありますが、5~100µmといわれています。風に乗って長距離を移動するスギ花粉の大きさが30µmなので、吸い込む可能性があるのもうなづけます。

口や鼻から吸い込まれた小麦粉は、気道に入ります。

アレルギー反応を起こす物質をアレルゲンといいますが、小麦粉に含まれるアレルゲンが気管支でアレルギー反応を起こします。

アレルギー反応が起きると気管支を取り囲む筋肉が収縮して空気の通り道が狭くなり(これを気道閉塞といいます)、呼吸が苦しくなります。これがぜん息が起こっている状態です。

小麦粉に含まれるアレルゲンとはいったいなんでしょうか。

人によって違いがありますが、最も多く報告されているのが、小麦たんぱく質です。実は小麦に含まれるたんぱく質の85%グルテンなので、グルテンだけが原因と思っている方もおられるかもしれませんが、小麦には約40種類のたんぱく質が含まれており、原因となるたんぱく質は人によってさまざまです。

小麦に含まれるたんぱく質以外にも、パン酵母が作る酵素(α-アミラーゼ)や、製パン用に添加される酵素がアレルゲンとなっていたケースも報告されています。

ベイカー喘息は、特定の労働環境下で、特定の職業性物質にさらされることにより発症する職業性喘息に分類されています。

職業性ぜん息の原因となる物質はさまざまで、食品産業で使用される穀物粉以外に、医療従事者ではゴム手袋に使われる成分であるラテックス、生花業者では花粉、製材業者では木材の粉塵など、多種多様な物質が職業性ぜん息を引き起こしています。

ベイカーぜん息はどのくらいの頻度で発生するのでしょうか。

2007年にアメリカで行われた調査では、パン職人の7~15%がベイカーぜん息であるとの報告があります1)。この数値は小麦粉に暴露する環境によって異なるため何とも言えませんが、一般の人より小麦粉を日常的に扱う人の方が、高い確率でぜん息を発症していることは間違いありません。

ベイカーぜん息にならないためにすべきことはただ一つ、小麦粉を吸い込まないようにすることです。

小麦粉の大きさは5~100µmなので、N95マスクを使えば、ほぼ完全に吸い込まないようにできます。

ベイカーぜん息を発症したパン職人の方が、N95マスクを使うことで、仕事に復帰したというケースもあります。ちなみにN95とは、細菌を含む平均3µmの粒子が濾過された率(これを細菌ろ過率といいます)が95%以上、かつ平均0.1µmの微粒子が濾過された率(これを微粒子ろ過率といいます)が95%以上のものです。

N95マスクを使用しないまでも、小麦粉を扱う作業の際はマスクを着用すべきです。これは食品衛生上の必要なだけでなく、自分の身を守るという点からも、重要です。

ベーカー喘息は、花粉症と同様、ある日突然、症状が現れます。いま症状が出ていないからといって、将来も症状が出ないという保証はありません。

アトピー素因がある人は、ベイカーぜん息や花粉症になりやすいという報告もあります。パンやお菓子作りで小麦粉を扱うときには、風通しの良い場所で、マスクを着用して作業することをお勧めします。

小麦粉が原因で起こるアレルギー反応

小麦アレルギーという病気をご存じでしょうか。

これは小麦を含む食品を食べたり、小麦成分が含まれる石鹸や化粧品を使ったりすることで、以下に示す症状が現れる病気です。症状が現れる部位や程度は、人によって差があります。小麦成分が体に入ってから数分から2時間程度でアレルギー症状が起きることから、即時型アレルギーといわれています。

・皮膚:じんましん、かゆみ、発赤、むくみ
・粘膜:鼻水、目のかゆみ・充血、目の周りの腫れ、口やのどの違和感
・胃腸:腹痛、下痢、嘔吐
・全身:息苦しさ、呼吸困難

小麦アレルギーは食物アレルギーの中で、卵、乳に次いで多く、乳幼児に多く発症しますが、学童期に入るころには、小麦を食べてもアレルギー反応が起こらないようになります。

一方、大人になってから小麦アレルギーを発症するケースもあり、この場合は生涯にわたって小麦を摂らない食生活を送らなければなりません。

ベイカーぜん息は、小麦粉に含まれるたんぱく質が原因ですが、小麦アレルギーの原因もたんぱく質です。

約40種類含まれるたんぱく質のうちどれが原因かは人によって異なります。小麦に含まれるたんぱく質の一部は他の穀物、例えば大麦、ライ麦などにも含まれますので、その場合は小麦以外の穀物も抜かなければなりません。

小麦アレルギーの患者さんは増えていますが、その主な原因は食生活の変化と考えられています。

戦後、日本で消費量が格段に増えた食物が、乳製品と小麦です。それと同時に乳アレルギー、小麦アレルギーの患者さんも増加しました。

特に小麦は、パン、めん類、スナック菓子など日常的に食べる食品にたくさん使われているほか、さまざまな加工食品、インスタント食品にも使われています。もちろん生活環境の変化やストレスの増加も、食物アレルギーの発症に関係していますが、摂取量の増加が影響していることは、ほぼ間違いないと考えられます。

いま紹介した小麦アレルギーは、小麦成分が体内に入ってから2時間以内にアレルギー反応が起きる即時型でしたが、このほかにも小麦が原因で起きるアレルギー反応があります。

セリアック病と呼ばれるものがそれで、こちらは小麦を食べてから症状が現れるまで、数日から数週間かかるため、遅延型アレルギーといわれます。

体内に異物が入ると、それを除去して自分の体を守るために、免疫系が働きます。セリアック病では小麦成分を異物と認識して、それを排除するために免疫系が活動するのですが、その際、誤って自分のからだを攻撃してしまうことによって起こるもので、自己免疫疾患と呼ばれています。

食物に含まれる小麦の成分は分解され、小腸で吸収されます。

小麦に含まれるたんぱく質のグルテンは、他のたんぱく質と比べて分解されにくく、それが小腸の細胞に貼りついた状態で、吸収されないまま長い時間とどまってしまいます

そうするとそれを排除しようと、免疫系が活発に活動しますが、その際に小腸の細胞も攻撃し、破壊してしまうのです。食物に含まれる栄養分の9割は小腸で吸収されるため、小腸の細胞が破壊されると、必要な栄養が吸収できなくなってしまいます。そのため、セリアック病では、つぎのような症状がみられます。

・腹痛、腹部膨満、下痢
・栄養吸収障害による貧血、カルシウム欠乏症

セリアック病の研究は欧米で進んでおり、100人に1人の割合で患者さんがいることがわかっています。

根本的な治療方法はなく、生涯にわたってグルテンを含まない食事を摂る必要があります。「グルテンフリー」とは、グルテンが入っていないので、セリアック病の患者さんが食べても大丈夫という意味の表示で、多くの場合、食品中に含まれるグルテン濃度が20ppm(1kgあたり20mg)以下の場合に、表示されます。

日本ではセリアック病の報告例はまだ少ないですが、人口の1%の人が、小麦に対するアレルギー反応を起こしていることを、忘れないでください。

小麦粉が原因で爆発が起きることもある

小麦粉の粒径は5~100µmであることを説明しました。これくらい細かいと、いったん空気中に浮遊すると、なかなか地面に落ちません

粒径14.2µmの小麦粉が沈降する速度は、1分間に48cmという実験結果があります2)。これは人間の目の高さから床まで落ちるのに、3分かかるということです。

しかもこの数値は、空気の流動が全くない状態での話なので、小麦粉を使った作業をしていると、常に小麦粉が舞い上がり続け、しかもいったん空気中に舞いあがった小麦粉はなかなか落下せず、空気中に漂っているということなのです。

空気中に大量の小麦粉が漂った室内で、ガスコンロに火をつけるとどうなるでしょうか。

小麦粉は燃えますので、空気中の小麦粉が一斉に燃える、つまり爆発が起きます

ではどれくらいの量が漂っていたら、爆発するのでしょうか。

小麦粉の爆発下限濃度は40g /m3です。つまり8畳(15m2)で天井高が2.4mのキッチンに、1.4kgの小麦粉がばらまかれたのと同じ量なので、かなりの高濃度です。ただ局所的に爆発下限濃度を超えていることは、十分あり得ます。そのときに近くに火があると、間違いなく爆発します。

小麦粉による粉塵爆発は国内でも起こっています。

製粉所で小麦粉を貯蔵するタンク内に白熱電灯を置き忘れ、そこへ小麦粉を気流搬送したことによるものでした。

粉塵爆発が起きる条件としては、先ほど説明した爆発下限濃度に加えて、発火源が存在することと、空気中の酸素濃度が8%以上であること、の3つが必要です。人間が活動している空間の酸素濃度は18%以上なので、小麦粉が大量に舞っているところでは、発火源さえあれば、どこでも爆発するということになります。

ちなみに小麦粉は自治体によって指定可燃物に指定されており、例えば東京都の場合、20トン以上を貯蔵する場合は、指定可燃物として設置届を提出する必要があります。

まとめ

  1. ベイカーぜん息は製パン・製菓・製めんのために小麦粉を毎日扱っている人に起こる職業性ぜん息で、小麦粉を吸い込むことで気管支の筋肉が収縮し、気道が閉塞されることが原因です。大量の小麦粉を吸い込まないように注意が必要です。
  2. 小麦粉に含まれるたんぱく質はアレルギー反応の原因となることがあり、摂取後2時間以内に起こる即時型アレルギーと、数日から数週間で起こる遅延型アレルギーがあります。小麦アレルギーは前者の、セリアック病は後者の例で、小麦成分を摂らない食生活が必要となります。
  3. 小麦粉は粒径が細かく、いったん空気中に舞いあがると、しばらくの間空中を漂います。空間中の濃度が40g/m3以上になり、酸素濃度が8%以上で発火源があると、粉塵爆発が起きます。小麦粉を大量に扱う場合は、きちんと換気するとともに、発火源を近づけないように注意する必要があります。

参考文献
1) Massachusetts Department of Public Health Occupational Health Surveillance Program, Occupational Lung Disease Bulletin, May, 1-2 (2009)
2) 橋本博行 ほか、小麦粉ふるい操作後の小麦アレルゲンの飛散動態の解析、アレルギー 66 (3) 209-221 (2017)