アスリートの勝負めしはこれ! ゲン担ぎと栄養学的視点から考えてみた

アスリートが試合の前に食べる勝負めし。選手によって思い入れがあるでしょう。

験をかついだ食事やルーティーンの食事もあれば、栄養学的に理にかなった食事もあります。スポーツの種目によって、エネルギーの消費パターンは異なりますので、からだにエネルギーが供給されるしくみを理解したうえで、必要な時期に適切な成分を摂って、エネルギーを蓄積すべきです。

そして勝負めしは消化・吸収のよいものにしましょう。

プロアスリートのゲンかつぎとルーティーン

大きな試合の前には必ず「かつ丼」を食べるというアスリートがいます。これは「かつ」と「勝つ」をかけたもので、「験(げん)かつぎ」といわれるものです。

ゲンかつぎは非科学的という意見もあるようですが、決してそんなことはありません。かつを食べたから勝つと信じて試合に臨むことは、自分にポジティブな自己暗示をかけることになり、緊張を和らげ精神的な安心感を得ることで、本番で力を発揮することができるのです。

また、大事な試合の前に食べるものを決めているアスリートも多くいます。これはルーティンといわれるもので、緊張する場面でも、特定の行動や動作をすることで、緊張を和らげ平常心を保てるようにするものです。

ところでゲンかつぎのメニューには、「なまえ」に由来する場合と、過去の「成功体験」に由来する場合があります。なまえに由来するものとしては、次のようなものがあります。

「かつ丼」「とんかつ」「チキンカツ」 … 「勝つ」につながる

「かつおのたたき」 … 勝男につながる

「おむすび」 … 縁を結ぶ、すなわち、幸運を引き寄せる

「ウインナー」 … Winner(勝者)になる

「焼き鯛」「鯛の煮付け」 … 勝って「めでたい」

この中には、栄養学的に見て、試合の前に食べないほうがよいものがありますので、後ほど説明します。

無酸素運動と有酸素運動のエネルギーの使い方

アスリートの勝負めしについて話をする前に、アスリートのエネルギーの使い方について説明します。

スポーツでは通常よりも多くのエネルギーを消費します。そのためアスリートは、競技の場で最高のパフォーマンスを発揮できるように、多くのエネルギーをからだの中に蓄えるように努力しています。特にプロアスリートは、スポーツ栄養学に基づいてふだんの食事の栄養管理を行うのが一般的になりつつあります。

ところで競技の種類によってエネルギーの使い方が全く異なります。

同じ陸上競技でも100m走では10秒足らずでエネルギーを出し切る必要があるのに対し、マラソンでは2時間以上にわたりエネルギーを出し続けなければなりません。

短距離走、重量挙げ、相撲などの競技や、バーベルなどを使った筋力トレーニングなど、短時間に強い力を発揮する運動を無酸素運動(アネロビクス)といいます。これは筋肉を収縮させるためのエネルギーを、酸素を使わずに作り出すことからこのように呼ばれています。

一方、ウォーキングやジョギング、エアロビクス、サイクリング、水泳など、長時間継続して行う運動を有酸素運動といいます。有酸素運動では、筋肉を収縮させるためのエネルギーを、体内のグリコーゲンや脂肪から作りだしますが、その際、酸素を必要とするため、このように呼ばれます。

スポーツの種類によって、無酸素運動のみ、有酸素運動のみ、無酸素運動と有酸素運動の組合せと、さまざまなパターンがあります。

エネルギー源によって供給が速い遅いが違う

供給速度が速い無酸素性と供給時間が長い有酸素性

からだの中でエネルギーを供給するしくみには「無酸素性」と「有酸素性」があります。無酸素性のエネルギー供給機構は有酸素性よりも供給速度が速いため、短時間に大量のエネルギーを供給できますが、長時間供給し続けることはできません。無酸素性のエネルギー供給機構には、筋肉のクレアチンがエネルギー貯蔵物質となる「ATP-CP系」と、グリコーゲンが分解されて乳酸になることでエネルギーを作る「解糖系」があります

これに対して有酸素性のエネルギー供給機構は、無酸素性に比べると供給速度が遅いですが、長時間にわたってエネルギーを供給し続けることができます。有酸素性のエネルギー供給機構にも、エネルギー源としてグルコースやグリコーゲン(いずれも糖質)を使うもの、ケトン体(脂肪酸が分解してできたもの)を使うもの、たんぱく質を使うものと、いくつか種類があります

無酸素性エネルギー供給機構は、有酸素性よりも反応速度が速いため、時間当たりのエネルギー消費量(エネルギー消費速度)の多い運動では、前者の反応によるエネルギー供給が主になります。しかし無酸素性のエネルギー供給は短時間で枯渇するため、そのあとは有酸素性のエネルギー供給が主体となります。

エネルギー供給速度の遅い有酸素性エネルギー供給では、エネルギー消費を賄えなくなり、いわゆるスタミナ切れになってしまいます。

ATP-CP系による無酸素性のエネルギー供給機構

ATP(アデノシン三リン酸)は筋肉の収縮など、生きていくために必要なエネルギーのもとになる物質です。ただ筋肉に蓄えることができるATPの量はごくわずかなので、激しい運動ではごく短時間で使い果たしてしまいます。したがって運動を続けるには、ATPの分解物であるADP(アデノシン二リン酸)からATPを再び合成することで、ATPを供給し続けなければなりません。

筋肉に含まれるクレアチンというたんぱく質は、リン酸と結合してクレアチンリン酸(CP)いう状態で存在しています。このクレアチンリン酸(CP)はADPと反応することによって、ATPを再合成することができます。そのため、筋肉のクレアチンリン酸(CP)が実質的なエネルギー源となって、筋肉にエネルギーを供給することができるのです。

ただクレアチンリン酸(CP)の貯蔵量にも限りがあり、ATP-CP系だけでエネルギーを供給し続けることができるのは、最長8秒程度といわれています

解糖系による無酸素性のエネルギー供給機構

筋肉にはグリコーゲンという炭水化物が貯蔵されており、急にエネルギーが必要になったときはグリコーゲンが分解されて、通常とは異なるルートで短時間にエネルギーを作り出します。このルートを解糖系とよびます。

グリコーゲンやグルコースからエネルギーを取り出す際には酸素(O2)を必要とし、エネルギーと二酸化炭素(CO2)と水が生じます。人間の呼気に二酸化炭素(CO2)が含まれているのはこのためです。

解糖系では短時間にエネルギーを作り出すために、酸素(O2)を使わずにグリコーゲンを分解し、エネルギーと乳酸が生じます。そしてこのとき作られるエネルギーによって、ATPが再合成されます。このルートによるエネルギー供給で、最大1分程度の筋肉の収縮が可能です。

なお以前は乳酸が蓄積することが疲労の原因になるといわれていましたが、これは間違いであることがわかっています

グルコースとグリコーゲンを使う有酸素性のエネルギー供給機構

通常、われわれの体は、グルコースがエネルギー源となって動いています。血液中のグルコース濃度(血糖値)は80~120mg/dLの範囲でコントロールされています。食事によって小腸からグルコースが吸収されて血糖値が上がると、グリコーゲンや後で説明する中性脂肪に変換することで、血糖値を下げます。

一方運動によってグルコースが消費されて血液中のグルコース濃度が下がると、肝臓のグリコーゲンが分解されてできたグルコースが血液中に供給されます

脂肪を分解してできたケトン体を使う有酸素性のエネルギー供給機構

肝臓のグリコーゲンは、使い続けると18~24時間程度で枯渇してしまうため、そのときは筋肉や脂肪細胞に蓄えられている脂肪を分解してエネルギーを作ることになります。ここでいう脂肪とはトリグリセリドという物質で、中性脂肪ともいわれます。

これが分解されると脂肪酸とグリセリンになり、脂肪酸は肝臓で分解されてケトン体になります。ケトン体は血液を通じて全身に供給され、エネルギー源となります。

通常、ケトン体は血液中には少量しか含まれず、血液検査の際の基準値は28~120µmol/Lです。しかし何らかの原因でグルコースやグリコーゲンがエネルギー源として使えない状態になると、肝臓でケトン体が作られるため、血液中のケトン体濃度も上がります。血液中のケトン体濃度が200µmol/Lを超えた状態を、ケトーシスといいます。

ただ、これは必ずしも病的な状態というわけではありません。さらにケトン体濃度が高くなると、血液のpHが酸性になるケトアシドーシスの状態になり、吐き気、嘔吐、腹痛、脱力が起きることがあります。

たんぱく質から作られたグルコースが使われる有酸素性のエネルギー供給機構

人間はエネルギー源がないと、生きていくことができません。体内のグリコーゲン、脂肪も使いつくすと、最後は筋肉のたんぱく質が分解され、得られたアミノ酸の代謝物からグルコースが作られ、血液中に供給されます

たんぱく質からグルコースが作られることを糖新生といいます。そしてこのグルコースがエネルギー源として使われます。これも有酸素性のエネルギー供給機構のひとつですが、飢餓による死亡の一歩手前の状態ともいえます。

エネルギーを蓄積・補給するための栄養戦略

アスリートにとって、パフォーマンス中に必要なエネルギーを安定して供給できるようにすることが、勝つ秘訣です。そのためにさまざまな栄養戦略が考えられています。

筋肉量を増やすためのたんぱく質

どんな種目のアスリートであれ、筋肉量を増やすことは、パフォーマンスの向上につながります。そのためトレーニングを行うのと同時に、たんぱく質を多く含む食品を摂取すべきです。その際、BCAA(分枝鎖アミノ酸)も合わせて摂ることで、筋肉中のBCAAの量を増やし、エネルギー源として使えるたんぱく質を増やすことができます。

ただこれは試合の7日前までに終えておくべきです。

クレアチンローディング

筋肉に含まれるたんぱく質であるクレアチンは、リン酸と結合してエネルギーを貯蔵し、必要に応じて短時間で筋肉にエネルギーを供給することができます。筋肉のクレアチン量を増やしておくことは、無酸素運動を行うアスリートにとって有効です。

グリコのウェブサイトにクレアチンローディングの方法が載っていたので紹介しますと、まず最初の1週間は、1日20gのクレアチンを4回程度に分けて摂取し、筋肉中のクレアチン量をマックスまで増やします。そのあとは1日1回、5gを目安に摂取することで、筋肉中のクレアチン量を高濃度で維持することができるそうです。

カーボローディング

カーボローディング(グリコーゲンローディング)とは、エネルギー源である糖質(グリコーゲン)を、試合前にできるだけ体内にため込んでおくことです。食事に含まれるグルコースは、筋肉や肝臓にグリコーゲンとして貯蓄されます。

これは長時間にわたり有酸素運動を続ける場合、例えばマラソン、サッカーなどの競技において特に有効です。カーボローディングをうまく行うことで、筋肉中のグリコーゲン量を通常の2~3倍、肝臓のグリコーゲン量を通常の2倍まで増やすことができます。

カーボローディングは試合前に糖質の多い食事を摂ればよい、というものではありません。後で説明しますが、試合前に食べるものは、細心の注意が必要です。

カーボローディングは、試合の1週間前から始めてください。まず食事の糖質を減らし、高たんぱく・高脂肪食に変えてください。こうすることで、体内のグリコーゲンを減らしていきます。そして試合の3日前から、高糖質食に変えてください。高糖質食というのは、エネルギー全体の70%程度を糖質で摂る食事のことです。体内のグリコーゲンが減っているため、これを補おうとして、通常よりも効率よくグリコーゲンを蓄えることができます。

試合当日・試合直前に気をつけること

激しい運動をして、お腹が痛くなった経験はありませんか。

激しい運動をすると筋肉や末梢血管により多くの血液が流れるため、内臓を流れる血液量が少なくなります。すると胃内容物の排出障害、小腸通過の遅延、小腸での栄養分の吸収不良などが起きます。症状がさらに進むと、腹部膨満、逆流、げっぷ、吐き気、腹痛、胸焼け、下痢などが起きることがあり、これを「運動誘発性胃腸症候群」といいます。

試合当日や試合直前に、

  • 消化・吸収に時間のかかるもの
  • 長時間にわたりおなかに残るもの

は食べないほうが無難です。

持久力が必要なスポーツの直前に「腹持ちのよいもの」といって、わざわざ消化・吸収に時間がかかるもの(もち、いも類)を食べることがありますが、これはやめるべきです。

持久力が必要なスポーツでは、長時間にわたってエネルギーを供給し続けることが必要ですが、それをスポーツの間に食べものを分解・吸収して補給するなどというのは、ナンセンスです。そもそも空腹感は、胃腸に食物が残っているかどうかではなく、血糖値が下がったときに脳が感じるものです。

試合直前・試合中にエネルギー補給するならブドウ糖か砂糖

エネルギー源としてもっとも使われやすいのは、ブドウ糖(グルコース)です。また砂糖(スクロース)も腸内でグルコースとフルクトースに分解されて、小腸から血液中に吸収されます。もし試合直前や試合中にエネルギー補給をするのであれば、グルコースやスクロースを多く含むドリンクがよいでしょう。具体的には経口補水液が最も適しています

栄養学的に見たアスリートの勝負めし

勝負めしを食べるタイミングにもよりますが、試合の6時間前に食べると想定して、何を食べるのがよいのか、何を食べないほうがよいのか、説明します。

まず、消化・吸収がよいものに限るべきです。

食べたものが胃腸内に残っていると、それを移動させたり、分解・吸収させたりするために、余分なエネルギーが必要になります。消化器内には余計なものが残っていないほうがよいでしょう。プレバイオフィクスで食物繊維を摂っている方も多いと思いますが、試合の直前はやめたほうがよいでしょう。食物繊維は人間が消化・吸収できず、腸内細菌のエサになるものなので、長い時間、腸内に居座り続けます。

一方でプロバイオティクスとして摂っている乳酸菌製剤やサプリメントは、摂っても大丈夫です。

つぎに、胃腸に負担をかける可能性があるものは、避けたほうがよいです。具体的には香辛料、コーヒー、炭酸飲料、塩分の多い食品、冷たいものなどです。試合前にアルコールを飲む人はいないと思いますが、もちろんアルコール飲料も不可です。

最後に、ふだんあまり食べないものは、避けるべきです。

例えばふだんあまり食べないのに、ビタミンやカリウムだからといって、果物を食べたとします。果物に含まれるフルクトースは単独では吸収されにくいため、腹痛になることもあります。ふだん食べていないものを食べると、何が起きるかわからないので、できれば試合前の食事は、いつも同じものにしておいた方が無難です。

プロ野球のイチロー選手がマリナーズに所属していたときは、試合前は朝昼兼用で毎回カレーを食べていたという話は有名です。これはルーティーンではなく、いつもと違うものを食べることで起きるハプニングをなくすためだったそうです。

ということで、アスリートの勝負めしで食べてよいもの、食べないほうがよいものを整理しました。参考にしてください。

・ごはん(おにぎりを含む)、めん類、パスタ
・ようかん、チョコレート、クッキー
・とんかつ、かつ丼、てんぷら、フライ
・大量の生野菜
・果物
・いも類
・パン(グルテン不耐症の場合)
・牛乳、ヨーグルト(乳糖不耐症の場合)
・香辛料、コーヒー、炭酸飲料、塩分の多い食品、冷たいもの

まとめ

  1. アスリートのエネルギーの使い方には、短時間に強い力を発揮する無酸素運動と、長時間継続して行う運動を有酸素運動がある。
  2. 無酸素性のエネルギー供給機構は供給速度が速く、短時間に大量のエネルギーを供給できるが、長時間供給し続けることはできない。筋肉のクレアチンがエネルギー貯蔵物質となる「ATP-CP系」と、グリコーゲンが分解されて乳酸になることでエネルギーを作る「解糖系」がある
  3. 有酸素性のエネルギー供給機構は供給速度が遅いが、長時間にわたってエネルギーを供給し続けることができる。エネルギー源としてグルコースやグリコーゲンを使うもの、ケトン体を使うもの、たんぱく質を使うものがある
  4. アスリートがエネルギーを蓄積・補給するための栄養戦略にはいろいろあるが、いずれも試合前に計画的に行う必要がある。
  5. 試合当日や試合直前には、消化・吸収に時間のかかるものや、長時間にわたりおなかに残るものは避けたほうがよい。