地球上には76億の人が暮らしています。国や地域によってさまざまな文化や風習があるので、当然、食べるものも違います。宗教によって食べられるもの、食べられないものが決まっている場合もあります。これから外国からのお客さんが増えることが予想されるので、さまざまな食習慣を理解し、食のバリアフリー化について、考えてみませんか。
ハラル(Halal)
世界にはイスラム教徒が 19億人いるといわれています1)。イスラム教徒はイスラム法(イスラム教の戒律)に則った生活を送っており、イスラム法で行ってよいことや、食べることが許されている食材や料理を「ハラル」といいます。最近、日本でもよく耳にするようになったハラルとは、イスラム教徒の人が食べてもよいものという意味です。
食材、料理や日用品がハラルであることを第三者が認証することをハラル認証といいます。世界にはハラル認証を行う組織が 200程度ありますが、統一された基準がありません。宗派や宗教指導者ごとの解釈に違いがあるためです。ここでは原則を説明します。
- 豚肉は食べてはいけない。
- それ以外の肉は食べてもよいが、エサにハラルに違反するものが入っていないこと、屠殺が正規の手順に従ったものであること、輸送・保管を豚肉と別に行うことなどが求められる。
- アルコール飲料は飲んではいけない。
本当かどうかわかりませんが、世界的に有名な Kobe Beef (神戸牛)は、ビールを飲んで育てられるそうです。もし事実なら、ハラルではないということになりますね。
コーシャ(Kosher)
ユダヤ教徒の人口は世界で1,500万人で、イスラエルに690万人、アメリカに570万人います2)。コーシャは旧約聖書に基づいたユダヤ教の食事規則のことで、食べてよいものと食べてはいけないものが厳格に区別されれています。ここでは概要を示します。
コーシャで食べてよいもの
- 牛、羊、山羊、鹿(=分かれた蹄を持ち、反芻する動物)。
- ニワトリ、カモ、ガチョウ、七面鳥、アヒル(=猛禽類以外の鳥類)
- 上記の肉は、コーシャ専門の屠畜者がユダヤ教の戒律に従い、動物に苦痛を与えずに屠畜をし、血抜き等の処理をする必要がある
- タイ、サケ、ヒラメ、マグロ、イワシ、サバ、イクラなど(=ひれとウロコを持つ魚とその卵)
- 全粒穀物、野菜、果物、ナッツ類
- アルコール類、はちみつ、海藻
コーシャで食べてはいけないもの
- 豚、馬、ウサギ、犬、ラクダ
- 豚由来のラード、ゼラチン
- 貝、カニ、エビ、ウニ、イカ、タコ、カジキ、ウナギ、アンコウ、アナゴ、ハモ、ドジョウ、クジラ(=ウロコまたはひれがないもの)
- 爬虫類、昆虫
調理方法・料理に関する規定
- 肉類と乳製品は一緒に食べない。肉料理と乳製品は6時間以上時間を空けて食べる。
- 肉類と乳製品は食器、調理器具を分ける。
ヒンドゥー教徒の食事(ラクトベジタリアン)
ヒンドゥー教徒は全世界で 12億人で、ヒンドゥー教徒が多数派を占めるのはインド(人口の80%)、ネパール(同81%)、モーリシャス(同49%)です1)。ヒンドゥー教では牛を神聖な動物と考えるため、牛肉を食べることは絶対にありません。
またイスラム教と同様、豚は不浄な動物と考えているため、豚肉はほとんど食べません。さらに生き物を殺すことを悪とするため、ベジタリアン(菜食主義者)が多いといわれています。一方で牛乳などの乳製品は食べられることが多く、ヒンドゥー教徒に比較的多いのは、動物性食品は食べないが、乳製品は食べるラクトベジタリアン(Lacto-vegetarian)です。
なお同じヒンドゥー教徒の中でも何が食べられるのか、何が食べられないかは、その人の家系、具体的には宗派とカーストによって決まります。一般的に上位カーストの人ほど、食物に対する規制が厳しいといわれます。上位カーストの人は、ラクトベジタリアンに加え、収穫の際に地中の生物を殺すおそれのあるタマネギなどの根菜類を食べない人もいるそうです。
一方で、インド南西部の海沿いの地域のヒンドゥー教徒には、肉、乳製品、卵は食べないが、植物性食品と魚は食べるというペスカタリアニズムという食事法を摂る人もいます。ペスカタリアニズムについては後で説明しますが、ベジタリアンには含まれません。
ジャイナ教徒の食事(ラクトベジタリアン)
ジャイナ教はインドに2500年前からある宗教ですが、信徒は全世界で600万人、インドには人口の2%ほどしかいません3)。
ジャイナ教徒の食事はヒンドゥー教徒と同じラクトベジタリアンですが、宗教上の理由から、小さな昆虫を含めて、すべての動物に対する殺生を行わず、植物をできるだけ傷つけない生活を送っています。
そのため厳格なジャイナ教徒は、植物全体が根こそぎ取られて殺されるのを防ぐため、ジャガイモ、タマネギなどの根菜を食べません。またきのこは非衛生的な環境で成長し、他の生命体を宿す可能性があるため、食べません。一方で、緑の野菜や果物、豆類は食べることができます。
仏教の菜食主義
仏教の戒に基づき、殺生や煩悩を避けて作られるのが精進料理で、植物性の食品のみを使うベジタリアンに分類されます。
精進料理は日本以外に中国、台湾、韓国にも存在し、殺生につながる動物性食品を使わないことに加え、五葷(ごくん)という、にんにく、ねぎ、にら、たまねぎ、らっきょうの5つの野菜は使いません。これらの野菜は刺激が強く、煩悩を刺激するというのが理由のようです。
動物性食品に加え、五葷を使わない食事法を、オリエンタル・ベジタリアンと呼んでいる人もいますが、この呼び方は英語圏では浸透していません。
ベジタリアン
ベジタリアンとは菜食主義者のことで、植物性食品を中心に摂る食生活を送っている人たちです。世界の人口の半分以上の40億人がベジタリアンです4)。ベジタリアンといっても、さまざまな種類に分かれており、それぞれ食べるもの、食べないものが異なります。
- ラクトベジタリアン(Lacto-vegetarian diet)
動物性食品のうち、乳製品のみ食べるベジタリアンです。ヒンドゥー教徒の多くはこの食習慣を守っています。 - ラクトオボベジタリアン(Lacto-ovo vegetarian diet)
動物性食品のうち、乳製品と卵は食べるベジタリアンです。 - オボベジタリアン(Ovo-vegetarian diet)
動物性食品のうち、卵だけは食べるベジタリアンです。 - ビーガン(Vegan)
動物性食品は一切食べないベジタリアンで、ピュア・ベジタリアンとも呼ばれます。改めて詳しく説明します。 - フレキシタリアン(Flexitarian diet)
基本的には植物性食品のみを食べますが、動物性食品もときどき消費するベジタリアンのことです。
ビーガン(Vegan)
ビーガンは宗教ではなく、ヴィーガニズム(veganism)という考え方に基づいた食生活のことです。
イギリスのThe Vegan Societyのウェブサイトによると、ビーガニズムとは、
食物、衣類、またはその他の目的のための動物のあらゆる形態の搾取および残虐行為を可能な限り排除しようとする哲学および生き方であり、ひいては、開発を促進し、動物、人間、環境の利益のために動物を含まない代替品を使用すること。食事の用語では、全体的または部分的に動物に由来するすべての製品を避けること。
と定義されています3)。
このため、ビーガンは絶対菜食主義とも呼ばれます。
ビーガンでは、肉、魚、甲殻類、昆虫、乳製品、卵、はちみつなどのすべての動物性食品は食べませんが、果物、野菜、ナッツ類、穀物、種子、豆類など、すべての植物性食品は食べることができます。
ペスカタリアニズム(Pescatarianism)
日本ではあまりなじみがありませんが、植物性食品と魚介類は食べるが、肉、乳製品、卵などの動物性食品は食べないという食習慣のことです。ペスカタリアニズムを行っている人をペスカタリアン(pescetarian)といいますが、イギリスの調査会社Ipsos Moriが2018年に実施した調査によると、世界の3%の人がペスカタリアンだということです6)。
ペスカタリアニズムを行う動機としては次の3つがあります。
- まずペスカタリアニズムでは、魚に含まれるω-3脂肪酸の摂取量が増えるため、心疾患が原因で死亡するリスクが下がる可能性があるといわれています。この健康上の理由が動機としては多いようですが、EPAやDHAなどのω-3脂肪酸の健康増進効果については、まだ不明な点も多々あります。厚生労働省のウェブサイト7)をあわせて確認することをお勧めします。
- 次に動物を殺すことに対する罪悪感です。哺乳類に比べて魚類の方が痛みや恐怖を感じにくいといわれています。
- 最後は持続可能性の観点です。肉を食べる雑食性の食事と比べて、ペスカタリアニズムの食事では温室効果ガスの排出量は半分になることがわかっています8)。地球環境に負荷をかけないため、ペスカタリアニズムを選択する人もいるようです。
フルータリアニズム(Fruitarianism)
これはもっとなじみがないと思います。果実食主義といい、果実、種のみを摂取して食べる食習慣です。動物性食品はもちろんのこと、植物性食品でも採取することで植物を殺してしまうような食品、例えば穀物、根菜類なども食べません。フルータリアニズムの食生活をしている人をフルータリアンといいます。インドの政治指導者マハトマ・ガンジーはフルータリアンでした。
マクロビオティック(macrobiotics)
万物を陰と陽に分類する無双原理という考え方に基づいた食習慣で、20世紀の初めに日本で生まれ、世界に欧米に広まりました。動物性食品は摂らないので、ベジタリアンの一つと位置付けることができ、玄米菜食、穀物菜食、マクロビなどといわれます。食習慣の具体的な内容は次の通りです。
- 主食は玄米、雑穀、全粒粉(小麦)。
- 副食として野菜、豆類や海草を食べる。
- 野菜を食べる場合、皮や根も捨てずに用いる。
- 肉類、魚、卵、乳製品などの動物性食品は食べない。
- 近隣の地域で収穫された、旬のものを食べる。
- 砂糖を使用しない。甜菜糖、メープルシロップなどは使用することができる。
- 動物性の調味料、うま味調味料は使用しない。昆布や椎茸から出汁を取る。
- 食品のアクは取り除かない。
マクロビオティックは健康を志向した食習慣というより、どちらかというと思想や宗教に基づく食習慣に近いものと考えられます。一方でマクロビオティックは糖尿病や心血管疾患の予防に効果があるという研究結果もあり、欧米でも注目されています9), 10)。
ロー・ビーガン(Raw Vegan)
ヴィーガニズムとローフード主義を組み合わせたものです。ビーガンは植物性食品しか食べませんが、ロー・ビーガンは人が加熱、調理、加工していない植物性食品のみを食べる食習慣です。加熱については48℃以下の場合は、生の食品とみなされるので、暖めた食品も食べます。
ロー・ビーガンでは、生の果物と野菜やそのジュース、ドライフルーツ、ナッツ、マメ、海藻、もやし、ココナッツミルク、ココナッツオイルなどを食べます。穀物はそのままでは食べられない場合が多いので、発芽したキノア、ソバ、米などを食べます。一方、調理済み食品や加工食品、精製糖、コーヒー、お茶、アルコールは口にしません。
ロー・ビーガンを選択する人は、調理によって栄養価が低下することを懸念しているようです。ビーガンと同様、生活習慣病を予防する効果があるといわれています。
まとめ
- ハラルはイスラム教徒が食べてもよい食品、食事のこと。豚肉とアルコールは摂ってはいけない。
- コーシャはユダヤ教徒が食べてもよい食品、食事のこと。動物性食品について細かい規定がある。アルコールは可となっている。
- ヒンドゥー教徒のほとんどは、乳製品以外の動物性食品は摂らないラクトベジタリアン。
- 仏教の精進料理では、動物性食品に加え、煩悩を刺激するにんにく、ねぎ、にら、たまねぎ、らっきょうは摂らない。
- ベジタリアンは植物性食品を中心に摂る生活を送っている人で、人口の半分以上の 40億人いる。
- ビーガンは動物性食品を一切摂らないため、絶対菜食主義ともいわれる。
- ペスカタリアニズムは魚介類以外の動物性食品を摂らない食習慣。人口の3 %いるといわれる。
- マクロビオティックは玄米菜食ともいわれるベジタリアンの一種。思想や宗教に基づく食習慣に近い。
参考文献
1) World Population Review
https://worldpopulationreview.com/
2) Jewish Virtual Library https://www.jewishvirtuallibrary.org/jewish-population-of-the-world
3) Victoria and Albert Museum ウエブサイト
http://www.vam.ac.uk/content/articles/j/jainism-today/
4) Devrim-Lanpir A et.al., Efficacy of Popular Diets Applied by Endurance Athletes on Sports Performance: Beneficial or Detrimental? A Narrative Review, Nutrients, 13 (2) 491 (2021)
5) The Vegan Society https://www.vegansociety.com/go-vegan/definition-veganism
6) An exploration into diets around the world, Ipsos MORI (2018)
https://www.ipsos.com/sites/default/files/ct/news/documents/2018-09/an_exploration_into_diets_around_the_world.pdf
7) Peter Scarborough et.al., Dietary greenhouse gas emissions of meat-eaters, fish-eaters, vegetarians and vegans in the UK, Clim Change 125 (2) 179–192 (2014)
8) オメガ3脂肪酸について知っておくべき7つのこと、厚生労働省
https://www.ejim.ncgg.go.jp/pro/communication/c03/05.html
9) Lerman, R.H., The Macrobiotic Diet in Chronic Disease, Nutrition in Clinical Practice, 25 621-626 (2010)
10) A Soare et. al., A 6-month follow-up study of the randomized controlled Ma-Pi macrobiotic dietary intervention (MADIAB trial) in type 2 diabetes, Nutr Diabetes, 6 (8) e222 (2016)