ぐっすり眠ってスッキリ目覚めたい。だれもがそう考えています。
でもストレスや心配事があると、寝付けなかったりすぐに目が覚めたりします。カルピスから睡眠の質を高める乳酸菌サプリメト、メンタルサポート「ココカラケア」という機能性表示食品が出ています。
乳酸菌サプリでぐっすり眠れるというのは、どういうメカニズムなのでしょうか。
メンタルサポート「ココカラケア」の成分は
アサヒビールの子会社であるアサヒグループ食品が販売している錠剤(サプリメント)で、機能性表示食品です。キャッチフレーズは、
乳酸菌のチカラで睡眠の質(眠りの深さ)を高めるのをサポート!
つまり、これを飲むことで、不安感や気分が落ち込んで眠りが浅い、という悩みを解消することができるというものです。
機能性表示食品とは、事業者の責任において、科学的根拠に基づいた機能性を表示した食品です。販売前に安全性及び機能性の根拠に関する情報などが消費者庁長官へ届け出られています。具体的には、
本品には、CP2305ガセリ菌(L. Gasseri CP2305)が含まれており、健康な方の日常生活における不安感、気分の落ち込み、精神的ストレスを緩和し、睡眠の質(眠りの深さ)を高め、腸内環境を改善する機能があります。
ということです。
CP2305ガセリ菌という乳酸菌を熱不活化し、洗浄、乾燥したものを入れた錠剤が60錠入ったものが、2,210円(税込み、メーカー直販サイト価格)です。1日2錠摂取するので、1日当たりのコストは74円となります。
睡眠の質が高められるのか、文献による睡眠の質とは?
メーカーは、この錠剤には「睡眠の質」が改善する機能(「効果」「効能」ではないので、念のため)があるといっており、ウェブサイトには、人間を対象にした臨床データが掲載されています。そもそも「睡眠の質」って何のことでしょうか。
メーカーのウェブサイトには、CP2305ガセリ菌の錠剤(以下、CP2305と略します)を24週間(約半年)毎日摂取したグループと、プラセボといって形、色、味などが全く同じ錠剤を24週間毎日摂取したグループで、睡眠の質(眠りの深さ)に差があるという図が載っています。
それとほぼ同じものが下の図です。下の図はNutrientsという学術雑誌に掲載された図で、ウェブサイトに載っている図と基本的に同じものです。この学術雑誌はオープンアクセス誌なので、図の引用は自由に行うことができます。
PSQIグローバルスコアの変化1)
少し専門的になりますが、もう少しお付き合いください。
図の縦軸はPAQI 国際スコアの変化、横軸は時間(週)です。
PSQIとはPittsburgh Sleep Quality Indexのことです。これは睡眠の質や睡眠障害の症状を評価するために開発された指標で、決められた質問シートに基づいて過去 1か月間の睡眠について尋ねた結果を数値化したもので、世界的に認められている指標です。
具体的には
- 睡眠の質
- 睡眠時間
- 入眠時間
- 睡眠効率
- 睡眠困難
- 睡眠薬の使用
- 日中の眠気
について質問し、結果を0~21点の範囲で点数化します。得点が高いほど睡眠が障害されていると判定されます2)。
このグラフを見ると、プラセボ(CP2305が入っていない偽薬)を摂ったグループはPSQIの値が0.6ほど上昇しているのに対し、CP2305を含む錠剤を摂ったグループは0.2ほど下がっています。
つまりCP2305を摂らなかったグルーブは睡眠障害が増え、CP2305を摂ったグループは睡眠障害が減ったことになります。
グラフにはp=0.041、partial eta squared=0.037とも書いてあります。pは有意確率といわれるもので、CP2305を摂取したグループと摂取しなかったグループに有意な差があるという「仮説」に整合していない確率が0.041すなわち4.1%ということです。
通常pが0.05以下であれば、データに有意差があると判定されます。もう一つのpartial eta squared(偏イータ 2 乗)の数値は実験的操作による効果を示す数値の一つで、数値が大きいほど実質的効果が大きいといえるものです。
目安としては、0.01で効果小、0.06で効果中、0.14で効果大となるので、partial eta squared が0.037ということはも効果が小さいということになります。このあたりはかなり専門的な領域になるので、割愛します。
いずれにしても、CP2305を摂ったグループとプラセボを摂ったグループでは、睡眠の質の変化に差があったことは、間違いありません。
不安障害、精神的ストレス、うつに効くのか
まず不安感から見ていきましょう。下の図はメーカーのウェブサイトに載っている図の原図で、同じ学術雑誌から引用しました。
縦軸は不安尺度を測定するState-Trait Anxiety Inventory(状態・特性不安検査)の数値データの変化、横軸は時間(週)です。
STAIは不安状態を測定するための心理検査で、全40問の質問で構成されており、点数が高いほど、不安感が高いということになります。ちなみに健常者の点数は37くらい、うつ病の患者さんでは60くらいになります。
上のグラフから、CP2305を摂取したグループは、プラセボを摂取したグループより、STAIの値が低くなっています。p=0.014なので、2つのグループの間に有意差があり、partial eta squared = 0.051なので効果は中程度となります。
このことから、CP2305を摂ることで、不安感が減少したことは間違いありません。
精神的ストレス、気分の落ち込みについても、CP2305を摂取することで、摂取しない場合よりも、精神的ストレスや気分の落ち込みが減少したことは間違いありません。
すべての人の睡眠の質が改善できるとまではいえない!?
「ココカラケア」のウェブサイトで示されているデータだけで判断するのはよくないので、このデータの元になっている学術論文を読みました。論文の考察の部分には、次のような内容のことが書かれています。
・この研究は、熱不活化、洗浄、乾燥したLactobacillus gasseri CP2305を含む錠剤の長期使用が、開業医の国家試験の準備をしている若年成人に健康上の利益をもたらすかどうかを評価することを目的としている。
・この研究の結果から、熱不活化、洗浄、および乾燥されたラクトバチルスガセリを含む錠剤がCP2305は、ストレスの多い状態を経験している若年成人にとって有益である可能性があります。
確かにその通りで、この臨床実験は医師国家試験の受験を控えた医学部6年生60人(男女比はおおむね2:1)を対象に行われています。ということは被験者は全員24~25歳前後ということになります。
一方、睡眠に対して問題を抱えているのは、高齢者です。下の図は、厚生労働省e-ヘルスネット「高齢者の睡眠」に掲載されているものです。深い眠りとは、青色の深いノンレム睡眠を指しますが、年齢とともに時間が短くなり、50代では20代の1/3近くにまで減っています。
年代ごとの睡眠時間3)
睡眠の質を改善したいという強いニーズは、20台の若者ではなく、もう少し年齢が高い層にあるのではないかと考えられます。論文でははっきりと「若年成人にとって有益である可能性があります」と書かれているにもかかわらず、メーカーのウェブサイトでは「若年男性」と「可能性」というワードが抜け落ちています。
20代の若者に睡眠の質を改善する機能があったからといって、すべての年齢層にその機能があるかどうかは、わかりません。
睡眠の質の改善といえるほどの効果なんだろうか
たったいま、20代の若者に睡眠の質を改善する機能があったといいましたが、私はそれも怪しいと考えています。
この臨床試験では、PAQI 国際スコアを使って、睡眠の質の変化を調べています。CP2305を摂取した人としなかった人で、睡眠の質の「変化」に有意な差があったのは事実です。
PAQIスコアは0~21点で評価され、点数が高いほど睡眠が障害されているという判定になります。今回の半年近く行われた臨床試験で、PAQIスコアが平均で0.2しか下がっていません。半年近くCP2305を毎日摂り続けて、0~21の中で0.2低下したことを、改善といえるかどうか、微妙なところではないでしょうか。
端的に言えば「変化」を「改善」に言い換えているのではないか、ということです。
睡眠の質を改善する方法は、乳酸菌のサプリだけではありません。昼間に適度な運動をする、毎日決まった時間に就寝する、寝る数時間前にゆっくりと入浴する、自分に合った寝具を使う、などいろいろあります。
手軽に飲める乳酸菌サプリは選択肢の一つとしてあってよいと思いますが、睡眠の質を改善したいのであれぱ、他にもできることがあるのではないかと思います。
他社の乳酸菌は睡眠に効果がないのか
今回の臨床データを見て、一番疑問に思ったことはこの点です。
メーカーはCP2305という乳酸菌を含む食品が、日常生活における不安感、気分の落ち込み、精神的ストレスを緩和し、睡眠の質(眠りの深さ)を高め、腸内環境を改善する機能がありますといっています。
確かに若年成人に対してはそのような機能があることが臨床データから裏付けられていますが、他社の乳酸菌にはこのような機能はないのでしようか。
さまざまな乳酸菌が、ヨーグルト、飲料、サプリなどで発売されています、主なものをまとめました。
明治R-1
菌種:Lactobacillus bulgaricus OLL1073R-1
特徴
- 明治が保有する6,000種以上の乳酸菌から選ばれた。ヨーグルトを作るために使用されるブルガリア菌のひとつ。
- 乳酸菌1073R-1株を使用したヨーグルトには、NK細胞の活性増強効果や風邪症候群への罹患リスク低下効果、インフルエンザの抑制効果の可能性がある。NK細胞とは免疫に関わる細胞のひとつ。
ヤクルト乳酸菌シロタ株
菌種:Lactobacillus caseiシロタ株
特徴
- 口から摂取したとき、胃液や胆汁に負けず、生きたまま腸内に届く。
- 腸内で善玉菌を増やし、悪玉菌を減らす働きが期待できる。
- 腸内細菌が作り出す有害物質の1つであるインドールを減らす。
- 便秘でも軟便でも、おなかの調子を整える。
キリン プラズマ乳酸菌
菌種:Lactococcus lactis JCM5805
特徴
- 理化学研究所の運営する菌株バンク(JCM)から発見された。
- 免疫細胞pDC(プラズマサイトイド樹状細胞)を活性化する。一般的な乳酸菌はNK細胞を活性化するが、この菌は免疫機能の司令塔であるpDCを活性化するため、キラーT細胞、B細胞、ヘルパーT細胞、NK細胞など、すべての免疫細胞が活性化される。
アサヒL-92
菌株:Lactobacillus acidophilus L-92
特徴
- 免疫に関わるTh1細胞とTh2細胞のバランスを整える。
- ウイルスを排除する働きのあるNK細胞を活性化させることや、ウイルスの体内への侵入を阻止するIgA抗体を増加させる。
森永シールド乳酸菌
菌株:Lactobacillus paracasei MCC1849
特徴
- 森永乳業が保有する数千株の中から選ばれた乳酸菌。
- 腸の免疫細胞に働きかけて、免疫力を高める。
- インフルエンザの感染を予防する働きや、高齢者がインフルエンザワクチンを接種した際の効果を高める効果がある。
ハウス食品L-137
菌株:Lactobacillus plantarum L-137
特徴
- 東南アジアの発酵食品「なれずし」から発見された。
- HK L137は乳酸菌を加熱殺菌した(Heat Killed)したもの。熱や加工に強い。
- 免疫力を高める作用がある。
各社が公開している情報を見た限りでは、睡眠の質を高める、不安感、気分の落ち込み、精神的ストレスを緩和するという作用があるものは、見当たりませんでした。
ただ、乳酸菌を摂取し、腸内環境の改善、すなわち善玉菌が優勢になることで、不安感、気分の落ち込み、精神的ストレスが緩和されることは、脳腸相関から考えて、予想できることです。またその結果、睡眠の質が改善したとしても、おかしくありません。
睡眠の質を高めるという機能がCP2305に特有なものなのか、あるいは乳酸菌全般にわたって見られるのか、興味のあるところです。
まとめ
- メンタルサポート「ココカラケア」には睡眠の質(眠りの深さ)を高める機能があると表示されているが、臨床データで示されているのは若年成人に対する機能だけなので、睡眠に対する悩みを抱える高齢者にもこの機能があるのかどうか、検証できない。
- この錠剤を摂取したグループと摂取しなかったグループで、睡眠の質(眠りの深さ)の改善、日常生活における不安感、気分の落ち込み、精神的ストレスを緩和に有意な差が生じているが、この差が果たして効果が実感できるほどの差なのか、わからない。
- 乳酸菌を使った食品が各社から発売されているが、、睡眠の質(眠りの深さ)の改善、日常生活における不安感、気分の落ち込み、精神的ストレスを緩和を機能として掲げたものは存在しない。ただ乳酸菌の摂取により腸内環境が改善すると、これらの効果が期待されるかもしれない。
出典
1) Nishida K. et. al., Health Benefits of Lactobacillus gasseri CP2305 Tablets in Young Adults Exposed to Chronic Stress: A Randomized, Double-Blind, Placebo-Controlled Study, Nutrients, 11(8), 1859 (2019)
2) 尾崎章子、地域看護で活用できるインデックス No.11 睡眠、日本地域看護学会誌、19 (1) 84-87 (2016)
3) 厚生労働省、e-ヘルスネット 高齢者の睡眠